『毒になる親』−あなたを傷つけた親を許す必要はない−
男の性質について都合のいい誤解
グレイの本で目立つのは、性差を女に都合よく解釈しすぎているということだ。はっきり言って、実際の男とは違う。
「女性が受け手であり続ければ、男性の女性にひかれる気持ちは強まります」(「この人と結婚するために」P.65)
脈がなければさっさと次にいくかもしれない。「本気で好きなら根気強く口説いてくるはず」などと気持ちを試すためにわざとイエスの返事を遅らせる女は、いたずらに男のコストを増しているだけだ。女はそれで嬉しいかもしれないが、既に男は関係開始のトリガーというコストを払っているのだ。
「男性は女性を幸福にする機会を熱望しています。幸せにできれば満足なのです。彼女の幸せが僕の幸せ、というわけです。(「この人と結婚するために」P.67)」
そんなに女に都合のいい考え方するわけないだろ?ったく、呆れて開いた口がふさがらないぜ。
それは、男だって自分が愛しているように相手からも愛されたいからであって、女の幸福そのものが嬉しいわけではない。女が愛されたと感じ幸福になれば、同じように愛情を「ありがとう」などという言葉だけではなく、具体的なモノやサービス(行為)で返してくれると思うから嬉しいのだ。
もし、「それは違う。女だって、男が気分がよくなるように、女らしく演じてみせることでのあり方に合わせているのだ」というのなら、もし男に次のように言われたらどうするつもりか。
「別に俺のために運転席のドアを助手席から身体を伸ばして開けてくれてもいいよ。むしろうれしい。最初のデートで自分の分を払ってくれてもいいよ。むしろありがたい。別に紳士として君をエスコートできなかったとしても、僕の自尊心は傷つかない。むしろ、男らしく振舞わなくても君が僕のことを好きでいてくれるなら、その方が楽でいい。」これは決して言葉遊びではない。男の本音である。
グレイの本が著しく女よりというか、汚いのは、デートで男が果たす一連の女に与える行為について、あたかも男が自主的に行っており、それを黙って受け取ってやることが女の優しさであるかのような書き方をしているところだ。男のギブ、女のテイクは、男が勝手にやりたがっているのではなく、明らかに女が要求しているのである。女が女のテイク・男のギブを要求し、それによって女はベネフイットを得、男はコストを支払うのである。女が要求して男にコストを強いるのだから、それに対して返礼するのは当然である。
男だって、本当はコストは支払わないに越した事はない。支払わなくても女に愛されるなら、だ。
「けれど女性はこうはいきません。女性は本来、男性を幸福にさせても、自分は満たされません。二人の関係において、自らの要求がかなえられていると実感できなければならないのです。(「この人と結婚するために」P.68)」
これ、男も全く同じなんだが。
男がまず女に与えるのは、性役割によりアプローチするのが男の役目でお願いする立場にあり、女が許可を与える強い立場にあるから仕方なくやっているだけなのだ。しなくても愛されるならしない。もちろん、このような不平等に役割について、それが男として普通である、と全く不満を抱かない男は少なくない。
北朝鮮に拉致された蓮池薫さん一家を小泉首相が訪問し、ジュースで乾杯した際、蓮池薫さんの長男克也さんが「日本では、首相と同じ飲み物を飲んでいいんですか?」と聞いた。
一般人は、偉大なる指導者と同じものを口にすることなどおこがましく、決して許されない、というのが北朝鮮で教育を受けた人間の「普通の感覚」だ。われわれ日本人から見れば主権在民、万人平等という、当然認められるべき基本的人権すら放棄しているわけだが、本人たちは違和感や不満など感じていない。
このように、文化的・社会的刷り込みは人の「普通」を変えるのである。
「デートのルールには、男性が与える側、女性が受ける側、という明確な役割分担ができています。」(「この人と結婚するために」P.220)そんな女に都合のいいルール作るのやめてくれよ。それじゃ、一体女は何をいつ男に与えてくれるっていうんだ?
セックス
「第一ステージで自分に夢中になってくれた男性が、このステージになって距離をとるようになると、女性は時として、セクシュアルな面でお返ししなければ、というプレッシャーを感じてしまいます。それまでに、彼にはずいぶん多くを与えてもらっているのだから、その好意に報いる義務があると思うわけです。(「この人と結婚するために」P.84)」
ここでいうセクシュアルなお返しとは、要は男とセックスするということである。それまで彼に多くを与えてもらっている、という自覚があるのはいいのだが、そもそもセックスという行為は、女が男に与えるものではない。(「恋愛における男女不平等とその原因」3章補論参照)
「この人と結婚するために」P.86〜 のシャロンのケース。
シャロンは、「私の言うことだったら何でも聞いてくれ」て「本当に紳士で、おもしろいし、笑わせてくれる」ケヴィンとセックスした後、ケヴィンには他に交際している女がいることを知る。結婚を望んでいたシャロンは、ケヴィンが自分にそこまでは望んでいなかったことをはじめて知る。傷ついたシャロンへの回答は「自分が欲しがるものを得られるまでは、彼が欲しいものを与えてはだめだ。いくら最初に尽くしてもらったからといって、性的にお返ししようなどという義務感を感じる必要はない」
まるで結婚できなかった男にセックスさせてやるのが損みたいな言い草だ。これは、食事を奢ってやったのにセックスできなかった男とは違う。奢ると確実に金銭がなくなるが、セックスは女だけに特別のコストがかかるわけではないうえに、女も気持ちいいからだ。
それに、結婚してくれるごほうびにセックスさせてやるというのも変な話だ。
男は、セックスしたいがために何のメリットもない結婚をするとでもいうのだろうか?いや違う。男は、その女と結婚したいから結婚するのだ。そこには恩に着せるような貸し借り関係は発生しない。そもそも、女に何かを与えようとして結婚「してやる」のなら、女から結婚してくれるよう頼むのが筋ではないか。
結婚は男が女に与えるものでない。同時に、セックスは女が男に与えるものではない。
グレイはこういった、ただ女にできるだけコストがかからないように、女が傷つかないようにということを再優先した物言いが得意だ。
「だからあなたは今でもひとり」P.156では、自分の価値を知らないためにセックスを義務と感じてしまう女のために、男性に食事代を払わせて、セックスはしないようにとアドバイスするとある。「この人と結婚するために」にも「男性からどんなにうれしいプレゼントをもらっても、ニッコリするか、お礼を言えば、決してそれ以上のことをする必要はありません」とある。(P.89)「男性は基本的には、いっしょにいたり、話をしたり、何かをしてあげたりする機会がほしいだけだが、女性にはそれがわかっていない。(中略)女性には、自分の価値を認めることのできない人が多い。女性が生活費の稼ぎ手として男性を求めているわけではないように、男性も子どもの母親としての女性や、家事を担うだけの女性を求めているわけではない。」(「だからあなたは今でもひとり」P.156)
それはそうだが、価値については男にも言えることである。男にとって、デート相手の女はただ一緒に過ごせるだけで価値があるのだとすれば、女にとっても、自分を誘ってくれた男は一緒にいるだけで価値があるはずである。だって、嫌ならデートしなければいいのだから。
「男性は女性を大切に思うようになると、セックスをしたいと思うと同時に、いっしょにいたいと考える。同じく女性は、その男性と結婚したいと思うだろうが、ただいっしょにいるだけで楽しいと考える。(中略)いっしょに食事をしたからといって、男性は女性と結婚する義務を感じたりはしない。」(「だからあなたは今でもひとり」P.158)ここまではよい。しかしこの後がいただけない。「同じく女性は、男性が食事代を払ってくれたからといって、セックスする義務を感じたりすべきではない。笑顔でごちそうさまといえば、あとはなんの借りもないだろう。」
その前に、男にこう言うべきだろう。「男性は、女性がデートに応じてくれたからといって、食事を奢る義務を感じたりすべきではない。」お金を出さないと女は自分のために時間を割いてくれない、という考えは、それこそ自分に対しても相手の女に対しても失礼であろう。世の中の女はキャバクラ嬢や風俗嬢ではないのだ。
だから男が奢る必要はないし、もし奢られたら女がお返しの必要を感じるのは人として当然である。お礼を言うのは当たり前として、お礼を言うだけではお返ししたことにはならないし、その人と関係を続けたいなら、何かもらったら具体的なモノ・サービスを必ずお返しをする必要がある。だからといって、必ずしもセックスで返す必要はない(ここのところが、グレイもカウンセリングにくる女も発想が貧困なのだ)。そもそも、自分も気持ちいいセックスを、何かの「お返し」に「させてやる」という態度は、相手の男に対してあまりに不遜ではないか。
うれしいプレゼントをもらったら、自分も相手が喜ぶプレゼントをあげればいい。食事はワリカンにすればいい。どうしても払うといったら、次は私がごちそうするから、と言えばいい。男からすると、奢られて「ごちそうさま」で終わりだと、「この女は金を使わないと会ってくれないのか」と思ってしまう。
別にワリカンを女から言いだしても、男の顔をつぶすことにはならない。最近は、都合のいい時だけ男のプライドに配慮するふりをして、男に負担を背負わせようとする女がいるが(「恋愛における男女不平等とその原因」2章2節参照)、奢らなくても「ケチ」と思われて嫌われることがなければ、男はワリカンに応じるだろう。
セックスはしたい時にすればいい。別に女から男への施しではないので、決してセックスで男に貸しを作れるなどと思わないように。
グレイの本で目立つのは、性差を女に都合よく解釈しすぎているということだ。はっきり言って、実際の男とは違う。
「女性が受け手であり続ければ、男性の女性にひかれる気持ちは強まります」(「この人と結婚するために」P.65)
脈がなければさっさと次にいくかもしれない。「本気で好きなら根気強く口説いてくるはず」などと気持ちを試すためにわざとイエスの返事を遅らせる女は、いたずらに男のコストを増しているだけだ。女はそれで嬉しいかもしれないが、既に男は関係開始のトリガーというコストを払っているのだ。
「男性は女性を幸福にする機会を熱望しています。幸せにできれば満足なのです。彼女の幸せが僕の幸せ、というわけです。(「この人と結婚するために」P.67)」
そんなに女に都合のいい考え方するわけないだろ?ったく、呆れて開いた口がふさがらないぜ。
それは、男だって自分が愛しているように相手からも愛されたいからであって、女の幸福そのものが嬉しいわけではない。女が愛されたと感じ幸福になれば、同じように愛情を「ありがとう」などという言葉だけではなく、具体的なモノやサービス(行為)で返してくれると思うから嬉しいのだ。
もし、「それは違う。女だって、男が気分がよくなるように、女らしく演じてみせることでのあり方に合わせているのだ」というのなら、もし男に次のように言われたらどうするつもりか。
「別に俺のために運転席のドアを助手席から身体を伸ばして開けてくれてもいいよ。むしろうれしい。最初のデートで自分の分を払ってくれてもいいよ。むしろありがたい。別に紳士として君をエスコートできなかったとしても、僕の自尊心は傷つかない。むしろ、男らしく振舞わなくても君が僕のことを好きでいてくれるなら、その方が楽でいい。」これは決して言葉遊びではない。男の本音である。
グレイの本が著しく女よりというか、汚いのは、デートで男が果たす一連の女に与える行為について、あたかも男が自主的に行っており、それを黙って受け取ってやることが女の優しさであるかのような書き方をしているところだ。男のギブ、女のテイクは、男が勝手にやりたがっているのではなく、明らかに女が要求しているのである。女が女のテイク・男のギブを要求し、それによって女はベネフイットを得、男はコストを支払うのである。女が要求して男にコストを強いるのだから、それに対して返礼するのは当然である。
男だって、本当はコストは支払わないに越した事はない。支払わなくても女に愛されるなら、だ。
「けれど女性はこうはいきません。女性は本来、男性を幸福にさせても、自分は満たされません。二人の関係において、自らの要求がかなえられていると実感できなければならないのです。(「この人と結婚するために」P.68)」
これ、男も全く同じなんだが。
男がまず女に与えるのは、性役割によりアプローチするのが男の役目でお願いする立場にあり、女が許可を与える強い立場にあるから仕方なくやっているだけなのだ。しなくても愛されるならしない。もちろん、このような不平等に役割について、それが男として普通である、と全く不満を抱かない男は少なくない。
北朝鮮に拉致された蓮池薫さん一家を小泉首相が訪問し、ジュースで乾杯した際、蓮池薫さんの長男克也さんが「日本では、首相と同じ飲み物を飲んでいいんですか?」と聞いた。
一般人は、偉大なる指導者と同じものを口にすることなどおこがましく、決して許されない、というのが北朝鮮で教育を受けた人間の「普通の感覚」だ。われわれ日本人から見れば主権在民、万人平等という、当然認められるべき基本的人権すら放棄しているわけだが、本人たちは違和感や不満など感じていない。
このように、文化的・社会的刷り込みは人の「普通」を変えるのである。
「デートのルールには、男性が与える側、女性が受ける側、という明確な役割分担ができています。」(「この人と結婚するために」P.220)そんな女に都合のいいルール作るのやめてくれよ。それじゃ、一体女は何をいつ男に与えてくれるっていうんだ?
セックス
「第一ステージで自分に夢中になってくれた男性が、このステージになって距離をとるようになると、女性は時として、セクシュアルな面でお返ししなければ、というプレッシャーを感じてしまいます。それまでに、彼にはずいぶん多くを与えてもらっているのだから、その好意に報いる義務があると思うわけです。(「この人と結婚するために」P.84)」
ここでいうセクシュアルなお返しとは、要は男とセックスするということである。それまで彼に多くを与えてもらっている、という自覚があるのはいいのだが、そもそもセックスという行為は、女が男に与えるものではない。(「恋愛における男女不平等とその原因」3章補論参照)
「この人と結婚するために」P.86〜 のシャロンのケース。
シャロンは、「私の言うことだったら何でも聞いてくれ」て「本当に紳士で、おもしろいし、笑わせてくれる」ケヴィンとセックスした後、ケヴィンには他に交際している女がいることを知る。結婚を望んでいたシャロンは、ケヴィンが自分にそこまでは望んでいなかったことをはじめて知る。傷ついたシャロンへの回答は「自分が欲しがるものを得られるまでは、彼が欲しいものを与えてはだめだ。いくら最初に尽くしてもらったからといって、性的にお返ししようなどという義務感を感じる必要はない」
まるで結婚できなかった男にセックスさせてやるのが損みたいな言い草だ。これは、食事を奢ってやったのにセックスできなかった男とは違う。奢ると確実に金銭がなくなるが、セックスは女だけに特別のコストがかかるわけではないうえに、女も気持ちいいからだ。
それに、結婚してくれるごほうびにセックスさせてやるというのも変な話だ。
男は、セックスしたいがために何のメリットもない結婚をするとでもいうのだろうか?いや違う。男は、その女と結婚したいから結婚するのだ。そこには恩に着せるような貸し借り関係は発生しない。そもそも、女に何かを与えようとして結婚「してやる」のなら、女から結婚してくれるよう頼むのが筋ではないか。
結婚は男が女に与えるものでない。同時に、セックスは女が男に与えるものではない。
グレイはこういった、ただ女にできるだけコストがかからないように、女が傷つかないようにということを再優先した物言いが得意だ。
「だからあなたは今でもひとり」P.156では、自分の価値を知らないためにセックスを義務と感じてしまう女のために、男性に食事代を払わせて、セックスはしないようにとアドバイスするとある。「この人と結婚するために」にも「男性からどんなにうれしいプレゼントをもらっても、ニッコリするか、お礼を言えば、決してそれ以上のことをする必要はありません」とある。(P.89)「男性は基本的には、いっしょにいたり、話をしたり、何かをしてあげたりする機会がほしいだけだが、女性にはそれがわかっていない。(中略)女性には、自分の価値を認めることのできない人が多い。女性が生活費の稼ぎ手として男性を求めているわけではないように、男性も子どもの母親としての女性や、家事を担うだけの女性を求めているわけではない。」(「だからあなたは今でもひとり」P.156)
それはそうだが、価値については男にも言えることである。男にとって、デート相手の女はただ一緒に過ごせるだけで価値があるのだとすれば、女にとっても、自分を誘ってくれた男は一緒にいるだけで価値があるはずである。だって、嫌ならデートしなければいいのだから。
「男性は女性を大切に思うようになると、セックスをしたいと思うと同時に、いっしょにいたいと考える。同じく女性は、その男性と結婚したいと思うだろうが、ただいっしょにいるだけで楽しいと考える。(中略)いっしょに食事をしたからといって、男性は女性と結婚する義務を感じたりはしない。」(「だからあなたは今でもひとり」P.158)ここまではよい。しかしこの後がいただけない。「同じく女性は、男性が食事代を払ってくれたからといって、セックスする義務を感じたりすべきではない。笑顔でごちそうさまといえば、あとはなんの借りもないだろう。」
その前に、男にこう言うべきだろう。「男性は、女性がデートに応じてくれたからといって、食事を奢る義務を感じたりすべきではない。」お金を出さないと女は自分のために時間を割いてくれない、という考えは、それこそ自分に対しても相手の女に対しても失礼であろう。世の中の女はキャバクラ嬢や風俗嬢ではないのだ。
だから男が奢る必要はないし、もし奢られたら女がお返しの必要を感じるのは人として当然である。お礼を言うのは当たり前として、お礼を言うだけではお返ししたことにはならないし、その人と関係を続けたいなら、何かもらったら具体的なモノ・サービスを必ずお返しをする必要がある。だからといって、必ずしもセックスで返す必要はない(ここのところが、グレイもカウンセリングにくる女も発想が貧困なのだ)。そもそも、自分も気持ちいいセックスを、何かの「お返し」に「させてやる」という態度は、相手の男に対してあまりに不遜ではないか。
うれしいプレゼントをもらったら、自分も相手が喜ぶプレゼントをあげればいい。食事はワリカンにすればいい。どうしても払うといったら、次は私がごちそうするから、と言えばいい。男からすると、奢られて「ごちそうさま」で終わりだと、「この女は金を使わないと会ってくれないのか」と思ってしまう。
別にワリカンを女から言いだしても、男の顔をつぶすことにはならない。最近は、都合のいい時だけ男のプライドに配慮するふりをして、男に負担を背負わせようとする女がいるが(「恋愛における男女不平等とその原因」2章2節参照)、奢らなくても「ケチ」と思われて嫌われることがなければ、男はワリカンに応じるだろう。
セックスはしたい時にすればいい。別に女から男への施しではないので、決してセックスで男に貸しを作れるなどと思わないように。
