現代では、異性を誘い、交際をお願いするのは男の役目ということになっている。(「女の言い訳2−告白」参照)
ただ好意を伝えればいいのではなく、まず異性が喜ぶサービスをし、気に入られる必要がある。「君のことが好きなんだけど、僕のために○○してちょうだい」という求愛の仕方は成立しない。
ただしこれは男の場合であって、これが女になると、気になる相手との距離を縮める手段として、相談に乗ってほしいとか、パソコン買ったんだけど設定ができないので部屋まで来てくれないかとか、好きな相手に何かをお願いして近付く、という方法が成立する。
もちろん男はこの方法は使えない。
だから、ある分野に詳しい女に対して、教えてください、または女のほうから教えてあげる、といった形のデート、誘いはないのである。
「男を落とす」と銘打たれた情報でも、その内容は、料理やファッションなど、こうすれば男が惚れる、と要は男に「口説かせる」ためのノウハウであり、女が受身であることにかわりはない。
本来なら、
自分から話しかけて、携帯番号orメアドを聞きだす。
デートに誘う。
デートを計画する(それも相手の男が楽しめる事優先)。プランについて承認を得る。
で、会ったら、退屈しないよう気を配る。相手の男が食いつきそうな話題(自分はさほど好きではない)をふる。
自分について話をしたら、適切なタイミングで相槌をうち、いかにも真剣に聞いてやってるふりをする。
場合によっては、食事を奢る。
自分が、好意を持っていることをそれとなく伝える。
キスをする。ホテルor自室に誘う。ホテルの場合はホテル代を負担する。やっとセックス・・・。
と、ここまできっちりやってはじめて「男を口説く」と呼べるわけで、男なら普段からやっていることだ。
「anan」2005.4.13 No.1458 正しい「男の口説き方」
そんななか、「anan」が2005年04月06日発売号(No. 1458)で「正しい男の口説き方」という特集を組んだ。
内容は、文字通り男を「口説く」ためにどうすればいいか、というものだった。
思わせぶりな態度をとって男に「口説かせる」(つまり口説かれる=受身、だということ)のを狙っているわけではない(「恋愛における男女不平等とその原因」2章2節でいう「使役」)。本当に、自分がきっかけを作り、男に「好きです」と言うアプローチなのだ。
どういうアプローチが有効か、について、ターゲットの男のタイプ別、アプローチする女のタイプ別に接近法があり、あとは有名人のコメント、というオーソドックスな構成。
接近法自体は「男はギャップに弱い」とか「手料理は有効」とか既出のものがほとんど。何をされたら嬉しいかには個人差があるので、筆者も全てについてYesというわけではないが、おおむねアプローチ法は賛成できるものだった。
こういう心がけの人が増えてほしい
読んでいて、特に夏石鈴子のエッセイに感動したので、その一部を引用する。機会があったらぜひ全文読んでください。
女の子から男の子を口説くのが大変だから、こういう特集が組まれると思うのです。じゃあ、この口説きにくい理由って一体なんでしょうか。
「振られたらどうしよう」「迷惑だったらどうしよう」「笑われたらどうしよう」「嫌われたらどうしよう」「はしたないと思われたらどうしよう」「今もなんとなく仲がいいのに、言ったばかりに全部失ったらどうしよう」。そんな、「どうしよう」ばかりで頭が一杯になってしまうのかもしれない。
でも、目の前には「いいな」と思う男の人がいて、相手はあなたの気持ちを知らない。冷静に考えてみると、そういう人が突然あなたに向かって「ぼくは、あなたが好きだ」と言ってくれる可能性は、うんと低いと思う。うかうかしていたら、どこか他の女の人に持っていかれてしまうかもしれない。そんなの悔しいでしょう。悔しさと恥ずかしさのどちらがましかといったら、恥ずかしさだ。(中略)「あなたが好きです」って、相手に言うだけのことなのだ。それで殺されるわけじゃないし。こんなこと、ちっとも恥ずかしくないです。恥ずかしいことを我慢したら、いいことだってあるかもしれないし。(中略)
「わたしはね、あなたのことが好きなの。それ、知っていた?」
そう女の子から言って始まる恋愛の良さは、いくつもある。まず何よりも、自分がいいなぁと思っていた人が、急に自分を意識してくれた瞬間を目撃することができる。(中略)「好き」と相手に言うためには、度胸がいるし、すごく真剣になる。それだって、とてもいいことなのだ。
わたしは不真面目な恋愛ってつまらないと思う。時間と体の無駄でしかない。どんなものが不真面目かというと、本当はたいして相手を好きでもないのに、「好きと言われたから付き合って(あげて)いる」、「今、付き合っている人がいないからつなぎに」、「その人のことは全然好きじゃないけれど、セックスは気持ち良くてしたいから」、とかもっとひどいと「一人でいるのが嫌だから誰でもいい」とか、そんな理由だけで誰かと一緒にいることだ。それは恋愛じゃない。ただ相手を利用しているだけでしょう。
(中略)
「好きだから、あなたと一緒にいるの」。
恋愛は、そうまっすぐ目を見て言える人としたほうがいいように思う。セックスのことだってそうだ。
自分が好きで選んだ人でしょう。だからこそ、セックスをする時にも、自分の意志がきちんと働く。どさくさに紛れてとか、「彼が欲しがるから無理矢理に」なんていう不潔な言い訳は、決して口から出てこない。
好きな人とすることの全てが嬉しいです。そして全てがありがたいです。(以下略)
男のせいにしない、恋愛に対する自発的・主体的な姿勢。
こんな心構えの人と付き合えたら幸せだ。
男は鈍感?
気になったのが、記事の中に何度か「男は鈍感」という記述が出てきたことだ。
男は女と比べて鈍感だったりする(すべての男が、ではない)から、はっきりとわかりやすく好意を表現しないとダメ、ということなのだが、「鈍感」という、本来あるべき能力が欠けているかのような物言いをされると「ちょっと待ってくれ」と言いたくなる。
相手に、客観的に他に解釈のしようがない表現で情報を伝えてこそ、100%間違いなく情報が伝わるわけで、あいまいな表現を受け手が感知しなかったり、誤解したりしたら、それは情報の出し手(この場合は女)の責任なのだ。
あいまいな表現しかせずに、それで「察して」などと期待するのは、単なる甘えでしかない。
恋愛は平等へと向かうのか
先日紹介したAERAも、今回のananの特集も、ただ、誘う、きっかけを作る、告白する、といった「恋愛における男女不平等とその原因」でいうところの「関係開始・進展のトリガー役」についてしか触れていない。
なので実際付き合うと発生する、どの店に行くとか、どちらがレストラン代を払うのか、といった、具体的な「関係維持のタスク」についてはAERAもananも細かい記述がない。
いずれにせよ、今後現実がどう変わっていくかを見るには、新たな信頼できる統計を待つしかないのだが、女たちが恋愛に対して、夏石鈴子のエッセイに書かれているような自発的・主体的な姿勢になれば、関係維持コストの負担についても男女間のバードン・シェアリングは十分期待できる。
ベネフィットが得られる人間関係において、相応のコスト負担を相手に甘えずにできる人こそ真の自立した女なのであって、相手の気持ちを確かめると称してリスク・コスト負担を男に押し付けているルールズ女は、相変わらず男に甘え、依存しているのである。
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